5月1日 繰り出すパンチ 心の目で
名古屋発祥の障害者スポーツがある。視覚障害者が、鈴の音だけを頼りに相手の位置を確かめ、「心の目」でパンチを繰り出す「ブラインドボクシング」だ。誕生して10年余り、競技は普及の途上だが、視覚障害のある人たちの「希望」に育ちつつある。
通常のボクシングと違い、両者は打ち合わない。視覚障害者はアイマスクをして、鈴付きのひもを首にかけたトレーナーにパンチを打ち込んだり、あらかじめ決められた形でパンチを防御したりする。
1ラウンドは2分。相手を倒すことが目的ではない。フットワーク、パンチの有効性、パンチのコンビネーション、防御姿勢、ファイティングスピリッツの五つの採点基準により優劣をつけ、勝敗を競う。
昨年5月から練習会に参加している東郷町の織田永嗣さんは、元プロボクサーで、22年暮れに緑内障で失明の恐れがあると診断された。両眼を手術し、左眼は8%、右眼は24%しか見えなくなった。車の運転もできなくなり、ジムにも通えなくなった。「もう何もできない」失意のどん底にあった織田さんを救ったのがブラインドボクシングだった。歩行訓練先で知り、練習会に参加した。
いまは白い杖をつかないと歩けないが、約2時間の練習中はアイマスクをつけ、音だけを頼りにパンチを繰り出し続ける。
織田さんは、「ブラインドボクシングが希望の光となった。すべてが新鮮。思い切り体を動かし、汗をかけるのはうれしい」と声を弾ませる。
競技は2011年に生まれた。名古屋市出身で、一般社団法人ブラインドボクシング協会名誉会長の佐野雅人さんが「すべての人にボクシングを楽しむ機会を」と考案した。
佐野さんは、「人間の体のすばらしさは、五感のひとつが損なわれても他の感覚によってその障害をカバーできる点だ。ブラインドボクシングを通じて、新たな可能性に気づき、自立と社会参加を促進してもらいたい」と語る。
織田さんは「日本一という新たな目標ができた。将来はパラリンピックの競技になればうれしい」と話す。
中日新聞2024.4.30