2020.10.20 抗がん剤と眼
『まつげを抜いてほしい』患者さんは、よく来院されます。
多くは、高齢の方で、まぶたの脂肪の減少などにより、まぶたの肉付きが変わり、まつ毛が内に向き、角膜に当たりゴロゴロしてきます。
傷が出来たり、当たる刺激で涙が出ます。
内側から外側まで全体に内に向いている場合は、手術適応もありますが、部分的な場合は抜去することになります。
Aさんもまつげを抜いてもらうために来院されました。
初めて診察した時のAさんの逆まつげにはびっくりしました。
1本1本が太くて、いろいろな向きにカールしているのです。
ビューラーの同方向へのカールではなく、明日・明後日・明々後日方向へ『くりくり』
眼科医人生の中で初めて見るまつ毛の形態でした。
しかも、攝子(せっし)でつまむと、根元からはらはらと抜けていきます。
『驚かれたでしょ!?』
『はい、眼科医を割と長くやっていますが、初めてです』
『これ、抗がん剤の副作用なの。しばらく、定期的に抜いてくださいね』
眼科では、初診時、眼以外にも、内科的な病気がないか申告してもらいます。
高血圧や糖尿病は目にも大きく影響します。
しかし、癌までは、眼科医に打ち明ける方はほとんどありません。
診療後、調べてみると、Aさんの抗がん剤は『分子標的型』
がん細胞に存在する特殊な物質をピンポイントで攻撃する抗がん剤です。
目に関する副作用として、まつ毛が長くなる長生化やバラバラの向きに生える睫毛乱生がありました。
何ヵ月か、まつ毛を抜きに来られていたAさんですが、ある日の診察で…
いつものくりくりのまつ毛がなくなっています。
以前より細く短く、しかし、しっかりした本来のまつ毛に戻っています。
『まつ毛、元通りになったでしょ。抗がん剤、変わったの』
抗がん剤の中止・変更でこんなに変わるとは!?またまた、大きな発見でした。
緑内障の点眼では、時に、角膜の傷を引き起こすことがあります。
Bさんは、右眼の緑内障のため、眼圧を下げる点眼薬を右眼だけにさしていました。
眼圧下降効果もあり、順調でしたが、ある日、角膜に傷が。
点眼している右眼だけでなく、もう片眼の目も。
点眼薬による副作用ではなさそう…
様子を見ていたところ、次の受診時は『見えなくなってきた』
角膜の表面の傷だけでなく、濁りまで出てきていました。
眼科的に検査しても説明が付きません。
またまた眼科医人生初。
もう一度Bさんに他科の病気を尋ねました。
『そうそう、今、がんの治療してるんだよね』
約1か月後、来院されたBさん『前みたいに、見えるようになった!』
診察すると、1か月前の、角膜の傷や濁りはほとんど治っています。
先の抗がん剤が中止になったそうです。
Bさんの抗がん剤は、殺細胞性。
細胞が分裂して増える過程に作用し、細胞増殖の盛んな細胞を傷害します。
この手の抗がん剤は、眼科医の中では、鼻涙管(涙が鼻へ流れていく道)が狭くなったり詰まったりして起こる流涙は周知になっています。
そのための手術なども報告されています。
院長が医師になってからの抗がん剤の開発・発展は著しいですが、眼科開業医との関わりはほとんどありません。
抗がん剤による眼への副作用(すべての患者さんにではない)を、今回、しっかり勉強しました。
貴重な症例を与えたくださったAさん、Bさんに感謝と引き続きの治療にエールを送ります。
医師何年経っても、学ぶこと多しです。