女医の髪の長さは?   2008.5.24

雑誌(学術雑誌ではない)に載っている話題の?モデル張りの女医さんたちを見ると決まって気になるのが髪の長さです。ほとんどがロングで白衣の肩からやわらかく伸びています。本当にこの髪型で仕事しているの?といつも疑問。 私の知るところ現場での女医の髪形はほとんどショート、ミディアム(今の私くらい、肩に付かない)までで、ロングの人は知る限りきちんとゴムで結ってすっきりまとめています。医学生時代から清潔とは何か(一般の概念よりかなり厳しい)、髪の毛はいかに不潔か(洗髪の有無ではなくあくまでも医学的に)などの衛生概念を植え込まれてきた私たち普通の医師にとって、白衣に髪の毛がかかるなど医療従事者として在り得ないことと違和感を覚えてしまうのです。確かに髪が長くたらりと伸びていると女性度(セクシーさ)はアップしますが、着ている物は白衣(仕事着)です。これが白衣で無くドレスなら違和感も無いのですが、そうすると女医(よりはサービス業ぽくなってしまい)をアピール出来なくなるからでしょうか。そもそも女医としてセクシーさをアピールする必要があるの?(職業上意識しない女医のほうが多いはず) せめて実際の医療現場では髪の毛たらりでないことを望みます。

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地球に優しく…   2008.4.11

緑区では昨年10月からほとんどのスーパーでレジ袋が有料になりました。最近では全国的にマイバッグ運動が広がっていますし、名古屋市では全市に渡ってレジ袋有料化が推進されています。無料だとどんどんもらっていたレジ袋でもたとえ5円でも有料となると財布の紐は硬いのが庶民の心理。最初は袋を忘れてハンドバッグに詰め込むこともありましたが、今ではマイバッグを持って買い物に出かけることが習慣になっています。地球温暖化が叫ばれてる昨今、京都議定書の温室ガス排出量6%削減を達成するには08~12年度の平均で、年11億8600万tにしなければならないらしく、排出量は90年度比で全体が6.4%増に対し家庭部門では30.4%増で政府も対策強化を急いでいる部門の一つなのだそうです。(朝日新聞より)小さなことから、できることから取り組むことはとてもいいことだと思います。この小さな積み重ねも世界の将来、地球の将来には大きな影響を及ぼすことでしょう。今年はドラえもんの映画も環境をテーマにメッセージのある内容でした。それ以外にCO2削減出来ることは?往復2キロを自動車から徒歩や自転車にするとレジ袋9.8枚分CO2削減!これを知ってから、半径1キロ以内は自転車で出かけることにしました。ただし自転車のかごに入る量の品物に限りますが。日頃のエアロバイクの成果か漕ぐのには抵抗がなくなっている私。環境にも身体にもいいといい気になっていたら、どうも最近涙でしょぼしょぼ、アイシャドウが落ちやすい、くしゃみが多い‥もしかして?と採血すると今までアレルギーの無かった私ですが何とスギ+!’それぞれ個人によって許容量の違うコップがありそれが一杯になると発症する’とアレルギーの患者さんに話している通り。今年の春は、CO2削減にひとり躍起になりすぎてスギ花粉症を発症させてしまったトホホ‥の私です。

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映画SICKOを観ました。   2008.3.25

遅まきながら愛知県保険医協会(医師歯科医師の医療を考える団体)主催の映画会がありSICKO(マイケル・ムーア監督)を観てきました。気になっていたものの、一般映画館で上映中に観られなかった私としては絶好のチャンスでした。アメリカでは国民皆保険の医療制度が無く、個人で民間保険に入っていたとしても保険会社の損得で実際に疾病にかかった時も必ずしも支払われるものではなく病死や破産に至ることもある現状を体験者の実話に基づいて放映されています。また対比して隣のカナダ、イギリス、フランス、キューバの医療費無料制度(すべての人が対象!)を報道しています。かといって医師が疲弊(日本の医師は滅私奉公、自分や家族を犠牲にしても職を全うすべしと洗脳されてきました。しかし医師も人間です‥)しているわけではなく、日本と違い労働時間も報酬もきちんと保証されているようです。アメリカでは国民皆保険制度は社会主義につながるという上層部(保険会社やそれに絡む政治家)からの洗脳があるようでした。旧ソ連を意識しているのでしょうか。
それはともかく、日本は国民皆保険制度があり素晴らしいと言われていますが、すべての国民の医療費が無料である国々がある現実を知ると、政府の医療費削減計画は一体どうして?と考えざるをえません。ミサイルや軍艦を買うお金があれば医療や福祉にまわすべき。現場を知らない官僚たちに、国民みんなが考え訴えないといけませんね。フランスの医療福祉制度が充実している理由に、「政府は国民の不満から革命が起こるのを恐れているからでしょう」という台詞がありましたが、日本ではそこまで熱くなれず、国が決めたことに渋々ながらでも従ってしまいます。国民性の違いでしょうか。4月からまた医療制度が変わります。日本はどうなっていくのでしょう?

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100円以上の怒り   2007.12.5

100円ショップでビニール製の筆箱を買いました。子供が’この筆箱危ない!指切った!’見ると人差し指に血の滲む擦り傷が出来ています。やり方が悪いんじゃない?と同様に開けてみると’痛っ!’と感じたと同時に私の薬指にも同じ傷が。よく見るとファスナーの下のビニールの処理が悪くぎざぎざになっていたためでした。100円商品だから仕方がないといえばそうかもしれませんが、この商品だけが特別不良品なのか、同じ商品すべてが不良品なのか(そうであれば購入した人は同じような怪我をするはず)、やはり今後の対応のためにもお店に報告に行くことにしました。対応したのはアルバイトと思われる女性。’責任者は今おりませんので。少々お待ちください’事務室に本人は入ってしまい、待たされること数十分。やっと出てきたと思ったら携帯電話に代わってくださいと言う。責任者らしい。怪我は重傷ではなかったことを聞くとあとはメーカーに連絡するので100円返却するとの旨。電話対応だけで責任者としての任務が終わったと勘違いしているのか。私の散々待たされた時間の浪費は如何に?100円返してそれでこの場は終わり?消費者にきちんと情報を還元する義務があるはずでは?アルバイトから消費税含む105円受け取り、誠意の感じられぬ対応に、たかが100円されど100円以上の怒りをかった(買った)買い物でした。反面教師にします。

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開業月   2007.8.1

8月は我がクリニックにとっては特別の月です。というのは開院の月だから。この時期になると開院顛末記といってもいい位いろいろあった当時のことを思い出します。今でこそそれほど珍しくありませんが、当時大学とも関連病院とも縁もゆかりもない土地での開業はめったになく、また不利(その地では無名で実績なども不明ですから)でもありました。しかも乳児、幼児を抱えてまだまだ医師としても若輩の私は、若さゆえ清水の舞台から飛び降りたのでした。まずは、1年。石の上にも3年(その間に無謀ながら三男出産)。5年目にしてまたまた無謀ながら大学院入学。そんなこんなでも、今年で10年を迎えることが出来ました。今までのカルテ分の患者さんがうちの宝です。患者さんによって現在の自分の力をつけてもらえたと思っています。毎日こつこつ漢字ドリルをやってきて、たまには書き順を間違えたりしつつも(漢字としては合っていても)、繰り返しと復習で、漢字ドリルを始めたときよりはずっとたくさんの漢字を書き順も間違えずにすらすらきれいに書けるようになった、そんな感じです。時々のごほうびは、患者さんからの’ありがとう’とか、’先生に診てもらってよかった’の言葉。うちを選んで来院された患者さんとのご縁を大切に、そしてたくさんのうれしい言葉を診療の糧に、これからも地域の眼科医として歩んで生きたいと思います。よろしくお願いします。

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平和を考える   2007.1.4

毎年お盆休みとお正月休みにささやかな家族旅行を決行します。最近長男が戦艦やら戦闘機のプラモデルに興味があるので(男の子は必ずそんな次期が来るのでしょうか?私の小学生高学年のときも男子の間で流行っていました)今回は広島、宮島、呉に行くことに決定。広島は高校の修学旅行で行ったのですが、改めて前勉強をして原爆ドームの前に立つと当事の悲惨さが伝わってきます。呉の大和ミュージアムは戦艦大和にあこがれて子供たちがとても楽しみにしていたところですが、資料館の展示や生還者、遺族のビデオを見ると、胸が締め付けられました。女性としての立場から、乗組員が家族に当てて書いた手紙や、遺族となった妻の話は、涙が止まりませんでした。子供たちもかっこいい大和(戦艦のスタイル性能からは憧れの戦艦でしょうが)というイメージだけでない悲劇の真実を知ったのか、行く前のはしゃぎようは見受けられませんでした。帰ってきてからは以前より見たがっていた映画’硫黄島からの手紙’を鑑賞。これもまた戦争の悲惨さ、軍国主義、その中での命とは(怖くて目をふさぐ場面が多々ありました)を充分訴える映画でした。(併せて「’散るぞ悲しき’梯久美子著 新潮社」は映画のイメージの栗林中将についてより知ることが出来ます)息子が、夫が戦争に取られたら?そんなことは絶対にあってはならない、戦争は二度とすべきでない、憲法改正されたらどうなるの?などと一国民として大いに考えさせられる年末年始となりました。

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鮟鱇とあんこう   2006.12.8

鍋が美味しい季節です。冬の鍋の中でも”南のふぐに北の鮟鱇’といわれるほど美味しいのが鮟鱇です。グロテスクで地味な深海魚でありながらほとんど捨てるところのない身は鮟鱇の七つ道具と言われ、鍋に味と深みを持たせます。食べてみなければわからない魅力があるのです。
さて当院のロゴマークをご存知でしょうか。くじら(と思った人は多いはず)ではなく、ちょうちんあんこうです。(小学生だった当時私が書いたものなので多めにみてください)。
私のニックネームは鮟鱇ならぬ’あんこう’でした(今なら’はせこう’といった感じで単純な由来)。もちろん’こうちゃん’と呼ばれもしましたが、医師になってからも医局内では’あんこう先生’で通ってきました。それ故、鮟鱇には愛着があり、他院のロゴマークは業者デザインのものが多い中、当院のロゴマークは自作の’あんこう’にしたのです。30年近くフリーハンドで書いているのでお手のものです。小さい頃は保守的な名前が多かった中、「公(こう)」という名前はかなり個性的でしかも男性的(今でも男性院長だと思って来院される患者さんもあるし、結構男性向きと思われる勧誘が来たりもします)であったので、同級生の女の子らしい名前がうらやましかったものです。しかし、一度覚えられれば忘れにくいという利点もあり、今は「公」という名前が大好きです。姓が変わっても’あんこう’のニックネームにも愛着があるものです。
大人になって鮟鱇鍋を食し、外見とは裏腹で美味なるものと知りました。鮟鱇恐るべし。冬になると、鮟鱇ならぬ’あんこう恐るべし’と、鮟鱇とあんこうの魅力を夫と息子たちに再認識させるべく鮟鱇鍋が食卓に上ります。

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学校うんちといじめ         2005.3.25

‘うちの子、学校でウンチが出来ないから大急ぎで帰ってくるの’あるお母さんの声です。’授業中にこそっと行けば?て言ったら誰が見とるかわからんから、だって’大人でもが便意をもよおしたら即刻駆け込みたいもの、ましてや子供で我慢なんて一番つらいことではないでしょうか。また、このような我慢を繰り返すと便秘の原因にもなります。みんなそう?早速我が家の子供たちに質問。’学校でも俺はうんちするよ。でも学校便は絶対しない子もいるなー。男便所ってうんちしとるとすぐわかって言われるのがいやな子多いなー。でも、それでたまにもらしちゃう子もいた。’まずはわが子はとりあえず生理的変化にきちんと対応できているので安心。しかし、やはり出来ない子もたくさんいるよう。ウンチしたくなるのは当たり前のこと。(もちろん登校前に済ませられれば一番ですが)ウンチは汚いものではない。でも、わたしの古い記憶に学校のうんちはでてきました。たしか中学1年のときです。ひとつ上のいじめっ子が男子トイレで個室に入っていたのを目撃してしまった私。そのことでいじめの標的にされるのではないかと数日おびえて、心の相談室にまで電話してしまった小心者の私がいました。今だからこうして笑い話で話せるのですが。
それはさておき、生理的なことによるによるからかいにたいして大人は小さい頃から子供に教えていかないといけません。
みんなうんち:小さな子にお勧めの本です。

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健診のお知らせの受診率と育児の放棄    2005.2.22

 毎年この時期小中学校では学校保健委員会なるものが開催されます。私も眼科学校医である学校には必ず出席しコメントをさせていただいております。さて、小学校の視力の結果による受診勧告用紙の回収率は1,2年の低学年は70~80%と高く、高学年につれて低くなる傾向が強く30~40%の低受診率の学年もあります。’これも一種の育児の放棄(無視)に当たることですよ’小児科の先生のご意見です。子供が学校から異状があるから医療機関受診勧告用紙をもらってきたときに、きちんと関心をもってあげることこそ親子のかかわりで大切なことだそうです。働いていて忙しいから、どうせまた同じことを言われるから、などというのは親の身勝手ですし、きちんと対応して結果を提出した他の子と比べることも無意識のうちにしてしまうそうです。私も反省。仕事はあるけれど学校からのお手紙に’それは行かんでもいいわー、たいしたことじゃないし’と言わず、’行けるといいんだけど、今回は(本当は今回もです)仕事があるからごめんね’とちゃんと関心があることを態度で示してやりたいと思います。保健委員会では校医という立場からよりも、母親の立場から学んで帰ってくることが多い私です。

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テーブルの花      2005.1.10

 私は若い頃から花より団子!だったのです。お花をもらうより、美味しいお菓子をもらうと幸せーとなるタイプ。(今でもお菓子には眼がない)若い頃は、一回はどんなものかと茶華道も体験したのですが、挫折(というより、元々合わなかったのでしょう。私の場合パーと活けたらもうおしまいにしたいという性分)しかし、数年前仕事が多忙を極めたとき、スーパーで眼に止まった花数本を食卓のテーブルに飾ったのです。花による癒しというのでしょうか。心の落ち着きをその花からもらったのです。以来、花屋さんやスーパーでほんのお小遣い程度の花を小さな花瓶やオアシスに挿し、テーブルに飾っています。みんながご飯を食べるところなので、熱気で長くは持たない分、まめに新しい花と入れ替えます。けれど、ほんの少しお花のスペースがあることで、小さな幸せをもらっています。我が家では私が唯一の華なのですが、ちいさな花もそれ以上のパワーがあるようです。

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