2025.2.4 怒ってもいい!

産業医資格を継続するには、定期的に研修会を受講(勉強)しなければいけません。

何でもそうですが、資格は取るよりも取ってからが大事&大変、少なくとも現役でいるためには。

 

今回は、日本産業ストレス学会で研修を受けました。

この学会参加は初めてですが、ストレスにかかわる各種業界(医療だけでなく)から会員は構成されているそうです。

産業保健という専門分野があるほど広く深い領域。

院長はほんの少しの関わりですが、勉強できる時はせっかくなので集中!

 

今回、特に興味を持ったのは、職場におけるアンガーマネージメント

『アンガーマネジメント』とは、怒る必要のあることは上手に怒り、怒る必要のないことは怒らないようにすることだそうです。

実地研修だったので、グループ(産業医の)で起こることのデメリット・メリットを挙げてみることになりました。

私たちのグループで出たのは

デメリット:自分が体調不良になったり落ち込む。関係性が壊れる。本質が伝わらないなど。

メリット:感情の発散(負の感情をため込まない)。相手に伝わるなど。

院長もよくプシュプシュ(小さな怒り)する方なので、負の感情をためないでいるのかも?!と振り返り。

 

怒りとは、自然で必要な感情のひとつ・コミュニケーション的機能であり身を守る防衛感情なのだそう。

個人差はありますが、エネルギーやパワーになるとも。(←院長に若干当てはまっています)

 

しかし、多様化の時代。

医療者の感情労働(感情を抑える)や職場のメンタルヘルスにおいてアンガーマネジメントの必要性が叫ばれています。

 

怒りはなぜ起こるかというと、理想と現実にギャップがあるから。

私の~べき・はずと他の人の~べき・はずは違うこと。

時代や立場・場所によっても変わることを認識することが必要。

 

また自身のメンタル(苦しい・悲しい・疲れた・怖い・空腹・眠いなどなど)が不調だと、怒りは生まれやすくなります。

 

怒ってもいい。(←ちょっと安心)

 

でも問題となる怒りもあります。

1.激高して謝罪しても許さない。

2.怒りを持ち続ける(前も~だった)。

3.頻度が高くいつも不機嫌。

4.怒りを人に(溜息・舌打ち)物に、自分(リストカット)にぶつける。

 

アンガーマネジメントの3つのコントロールとして

1.衝動のコントロール

怒りが出たときすぐ発散せず6秒待ってみる(深呼吸1回)

2.思考のコントロール

日時場所感情怒りの強さを振り返ることで、自分の怒りの傾向・パターンが見える

3.行動のコントロール

怒りを感じたときに重要・非重要/すぐ対応・放置と分けられるようにする

 

アンガーマネジメントに関する本は、以前何冊か購入して読んだことが。

息子たちに怒ってばかりの自分が嫌で読んだものの、結局母(院長)のべきと息子たちのべきは全然違うことが理解できませんでした。

社会人になった息子たちに、酒席で諭されます。

『親の言うとおりになる子供のほうが少ないんやで~』

『親と子供は違う人格なんやで~』

今ならもっと上手く子育てできるのに…

すごく焦っていたあの頃。

非常に長かった子育てを卒業した今、わかります。

 

今回も職場のスーパーはメンタル不調者なし。

スーパーもお客さんに対しての感情労働です(肉体労働もあるけれど)。

年末年始忙しかったそうですが、スキマバイトも動員して乗り切ったようです。

インドネシアの技能実習生たちは、仕事も日本語も上達し嬉しい限り。

産業医(院長)も頑張ります!

 

卵が茹るまで怒りを待てたらすごい!

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2024.12.24  仕事は楽しい?!

今年もあとわずかになりました。

先日吉本新喜劇を生で見て、今年の笑い納めをした院長です。

 

院内の忘年会では、しゃべり納め?!

いつもスタッフのおしゃれを楽しみにしている院長です。

よそ行きの服にお化粧。

みんな素敵!

院長も気合を入れてこの日のために服を新調。

『先生、パーティー用ですか?』

『ううん、これ(忘年会)用。ここでお披露目したら普通に着ます』

懐石料理を囲んで話の輪が咲きます。

 

仕事のこと、家庭のこと、日常のことなどなど

オバサン(院長筆頭)の強みは、話が途切れないこと。

 

仕事の話題で。

夫から『(パートだから?)楽しく働いていていいね~』って言われるんです、の声。

正社員の立場からは、理不尽なことに耐えて仕事をしなければいけない時も多々。

休みたいと思っても休めないことも多々。

それは夫でなくても、クリニックの院長として働いてきた経営者であり労働者の立場(一応妻でもあり母でもあり)からすると理解できます。

パートさんが、子供の行事でお休みしたいと言われると、かつて(子育て中の院長)は羨ましく思ったこともありました。

 

しかし当院のような小さなクリニックだと、パートさんといえども各々得意なことで重要な仕事を担ってくれており、大事な戦力になっています。

そして楽しく働けてるって最高じゃん!

楽しく働けているのは、その人の特性に合っているということ。

楽しく働いているって羨ましがられるくらい、生き生きしていること。

院長感謝。

自信持って~!

 

かくいう院長も、仕事をしていて落ち込むことも悩むことも多々ありますが、続けてこられたのは、仕事が好き!ということ。

眼科専門医・医学博士・開業医・学校医・産業医・健康スポーツ医・障害者スポーツ医、どれも必要で好きな仕事です。

 

67職種調査(朝日新聞)によると、正社員のうち、労働時間が一番長いのは約53時間の自動車運転従事者(トラックなど)で女性の割合は2.8%。

次に多い医師は約50時間で女性の割合は24.9%とのこと。

 

『つらい。大変。嫌だ』

これに勝る『好き』

瞬間的に49:51になることもフルタイムの医師生活の中ではありましたが、経験を積み、家族も変化する中、『好き!』を続けて良かったと思います。

患者さんにはいつも『先生、元気だね~』と言われます。

元気な姿でいること、元気に声をかけることも院長には医師としての必須条件だと思っています。

何かしらの病気があって患者さんは来院されるので、気分だけでも明るくスタートしたいと思っています(もちろん腕は大事)。

 

忘年会の話題に戻って…

常に音楽や音が欲しいか否かでまたまたおしゃべり。

院長は日常的にイヤホンはしないし、見ないテレビはつけません。

その代わり周りの声・会話をよく拾います。

 

先日、知人とすし屋のカウンター。

一席離れて、出張のビジネスマンが大将と温泉談義。

『このあたりに、すぐ行って帰ってこられる温泉って…』

『下呂・奥飛騨…』

違う違う…もっと近場が…

知人と話をしながらも、耳がダンボ。

教えてあげたい…

とうとう『あの~横からですみません…蟹江温泉があります!日本名泉100選の源泉かけ流しですよ』

『あ~蟹江温泉。確かに』と大将。

電車ですぐの旨を伝えると『帰る前に行ってみます』

 

ほんの小さなどうでもいいことでも、大きく盛り上がるのが女性ならでは。

スタッフたちに感謝です。

 

院長は自分用にクリスマスカードを何枚か買います。

メリークリスマス!

 

次回は1月14日です。

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2024.11.19   開けてみた!

『頑張った自分へのご褒美として40歳の記念に買いました』

某ファッション雑誌で、石のピアスを付けたメイクアップアーティストを見たのは、院長30代の頃。

『素敵~』

いつかは、いつかは…と思っているうちに、40代はあっという間に過ぎ、気が付くと50代に。

偶然出会った石のピアス。

ちょうど開業25周年。

40歳からはずいぶん経ってしまいましたが、この機会・記念に買わないでどうする?

あいにくピアスの穴を開けていないので、イヤリングに再加工依頼。

 

出来上がったイヤリングは、繊細でとてもきれい。

仕事柄、指輪は出来ないので耳でお洒落を楽しみます。

とある晩、自転車で近くのスーパーまで買い物に。

マスク・眼鏡・帽子で。

自転車を降りて、両耳を触ると(このイヤリングを買って以来、耳たぶ確認!)左耳のイヤリングがありません。

血の気が引きます。

家からスーパーまでは500メートルほど。

買い物どころじゃない、探さなきゃ…

息子たちが、たまたま家に居たので電話。

かくかくしかじか…

それぞれが懐中電灯を持ってスーパーに向かってきます。

私も自転車を止めて探します。

『なかったわ~』と息子たち。

『やはり…』失意のどん底…絶望感…

と、最後に来た息子が、少し手前の街路樹でしゃがみ込み『これ?!』

手に取り『これ!これ、これ!』

見つかりました!

息子たちありがとう!

 

この一件以来、イヤリングは引き出しの中に眠ることに。

 

ある日ふと…

何のために買ったの?

また落とすかも…って、ずっと付けないの?

いつ付けるの?今でしょ!

自身と問答。

ピアス穴を開ける決心をした院長でした。

決心をしたものの、ピアスをしている知人その他にヒアリング。

どこで?痛みは?ケアは?などなど。

 

クリニックで、友人に…開けてもらい方は色々みたいです。

当初は、クリニック(何科でもよい)に行こうかと思っていましたが、息子たちに経験を!と思いついた母。

早速、息子たちに左右それぞれ開けてもらいました。

彼らも初体験。

下の息子はやや躊躇し、先にやった兄に『押すだけ。早く』と急かされる始末。

案ずるより産むが易し。

一瞬のチクッ!

今まで散々自分は保守的だった…と実感した瞬間でした。

 

ファーストピアスを付け、スタッフへ報告(何でも報告する院長)。

ファーストピアスの注意や、セカンドピアスへの移行などなど注意を仰ぎます。

ポスト(ピアスの軸)も最初は気になりましたが、段々慣れてきました。

美容室では『ピアスにしたなら攻めのショートにしましょう』と提案され。

 

ある朝、ベッドの上にピアスが一つ。

寝ている間に、掛布団に引っ掛かって取れたようです。

ベッドの上で良かった。

今度は家中を探さないといけなくなる事態でした。

 

♪どこかで半分失くしたら役には立たないものがある~♪(真珠のピアス 松任谷由実)

………♪そっとベッドの下に片方捨てたAh~真珠のピアス~♪

 

人からもらったものは、その人との縁次第かも。

自分で買った思い入れ(特に頑張りへのご褒美)のものは、簡単に手放せません。

 

イヤリングから再びピアスになって戻ってきました。

当初から、ピアス穴を開ける決心をして、ピアスで買っていたら…

と思わなくはないですが、人生、気付いた・気になった時点での行動は多いもの。

ピアスの穴開けに恐れおののき、今回は、後手に回った院長。

 

手持ちのイヤリングは全てピアス仕様に。

遅まきながら、ピアスのお洒落を楽しみます。

 

 

 

 

 

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2024.11.5  健康だから仕事が出来る

院長は、医師・歯科医師の任意団体の休業補償委員をしています。

気が付けばもう10年以上前から。

どのような経緯で引き受けたのかわかりませんが、必要があれば対応する(イレギュラー)仕事なので…と頼まれたのか…?

休業補償の掛け金を毎月掛口分支払い。

病気やけがで診療が出来なくなった時に、掛口数に応じて休業補償金が出ます。

対象の会員は、所定の書類を書いて、休業補償委員に送ります。

委員は、その会員と電話や面談をして、事実確認や不備の有無を確認、押印して事務局に送ります。

愛知県下・名古屋市下にも何人かの委員がいて、委員会業地周辺の会員からの要請がほとんどです。

 

相手の先生に連絡を取る時は少し勇気がいりますが、お見舞いの言葉と休業補償の確認をすると、何となく相手のこともわかり、まんざらでもない役だと思っています。

 

さて、今年からは、休業補償委員審査会にも出席の依頼が。

事務局に提出された休業補償金申請書類は、月ごとに事務局でまとめられます。

○○先生○○歳

病名

既往歴と現病歴

休業日数など

これらを休業補償委員たちが確認、疑義照会などして、委員長が決裁します。

その後、全国の総審査会に諮ります。

 

今までは、近隣の先生たちの病気やケガでの休業だけだったので、毎月仕事があるわけではありませんでした。

しかし、愛知県中となると…毎月毎月該当者はあります。

健康で仕事できることを意識する場でもあります。

 

65歳以上75歳(加入上限年齢頃)が圧倒的に多い。

脳疾患・心臓疾患・がん・整形疾患な・怪我など。

既往歴のある人もそうでない人も。

医者の不養生では片づけられません。

 

 

数年前、A先生から休業補償申請用紙が郵送で。

A先生の字で一筆箋が添付。

A先生は一回り上でしたが、年に何回か食事をする仲でした。

体調を崩され癌になったと聞いて以来、こちらからも連絡を控えていました。

仕事(休業委員)にかこつけて、電話しようっと。

翌日、携帯電話に電話すると…

『もしもし、A先生?長谷川です、ご無沙汰しています。』

『もしもし、長谷川先生ですよね?』

あれ?男性の声。

『Bです。息子の。母は、昨日亡くなりました。お世話になりました』

何てこと!

小康状態になって、休業補償申請じゃなかったの?

最後の字を見つめ放心の院長でした。

その後Bさんが、保証の手続き(休業・死亡)に来院。

Bさんのことは、高校生の頃から知っています。

『凛としてきれいなお母さんだったわね~』

『やつれた姿を家族以外に見せたくなかったようです』

亡きA先生を偲びます。

そして今でも時にA先生を思い出します。

 

まだまだ死を意識することは無い毎日。

それでも、来る老後(将来)のために、体を鍛え頭を鍛え…日々の感動感激を大事にして、と意識はするようになっています。

 

休業補償委員会が早めに終わったので、いつもは地下鉄を使う区間を歩いてみることに。

名古屋駅に向かう大きな道路を中に入ると小さな路地・路地・路地。

神社にお寺、民家。

そびえるビル群のふもとにこんな場所があるなんて!

ドンドン・ピーヒャラ、ピーヒャラとお囃子の音が聞こえてきます。

からくり人形の乗った山車があちらから、こちらからとやってきます。

塀に貼ってあるポスターには『名駅山車揃え・下町に続く200年の伝統』

郷愁を誘う意外な出会いに寿命が伸びそう。

 

階段を降りると、そこはいつもの都会の地下街。

束の間の異次元ワールド、今日の感動。

明日の仕事への糧。

 

 

 

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2024.10.1 日本緑内障学会

人間、リアルでないと実感がわかないし、有難みも減ります。

どんなことも時間とお金をかけて行くからこその価値はある!

自分の年齢を考えると、実体験を増やして意識して自身に刺激を与えないと!

ということで、積極的に学会現地参加し勉強することにしている院長です。

 

今回の緑内障学会は姫路で開催。

行ったからには、前席で聴きたい講演は全て聴くがモットー。

会場の臨場感は、現場でこそ。

 

今回は、特に手術に力を入れて聴きました。

緑内障治療はまず点眼→レーザー→手術(点眼→手術のことも)です。

一生点眼治療のみで…が理想ですが、病状により異なります。

緑内障の2大手術(アプローチ)は、院長が研修医の頃に確立されました。。

緑内障治療黎明期の時代、緑内障専門の医局に在籍したことで、当時の新手術をたくさん勉強させてもらいました。

当院では手術をしませんが、患者さんを手術目的で紹介するときに、術式を思い浮かべることはします。

2大手術は、更に派生し、より簡便な手技・より侵襲の少ない手技・軽症例への手技・最重症例への手技など、どんどん新しい方法や技術が開発されています。

新しい術式により奏功した症例報告が多く発表されると、しばらくすると合併症の報告も発表されます。

どんな手術もメリットもあればデメリットもあります。

検証を繰り返して、患者さんにとって最善の術式が選ばれます。

既に2年前に解禁になった術式も、大いに議題に上がっていました。

今は、手術のビデオも見られるので、本当に勉強になりました。

 

先日の某学会で知り合ったA先生とも再会。

たまたま挨拶がご縁で、約3時間も話し込んでしまった2人。

一回り上のとてもバイタリティー溢れる女医さんです。

その際に、新しい視野計(アイモ)の話になりました。

既に世界標準型の視野計(ハンフリー)が2台ある当院。

導入するか迷っていたのですが、A先生の実際の使用経験(その後学会発表も)に推されて決断。

 

アイモ(imo vifa)は、両眼開放なのに片眼ずつの視野検査が出来ると言う画期的な視野計です。

通常は、検査しない眼を遮蔽します。

また、厳密な明るさの暗室で検査をしないといけません。

顎台にしっかり顎を固定させないといけません。

また、初期モデルよりかなり改善されたとはいえ時間を要します。

これらのお悩みを改善・解決したのがアイモです。

実際、患者さん(特に高齢者)には好評で『すごく楽だった』『視野検査が憂鬱でなくなった』などの評価をいただいています。

 

A先生と出会い親交を深めることになったのも学会が縁。

公私とも人生の先輩からもらうエネルギーは刺激過ぎる~

院長(私)まだまだひよっ子です。

 

姫路は穴子料理が有名だそう。

穴子料理専門店へ。

穴子の刺身・白焼き・かば焼き・だし焼き・ひつまむしなどなど穴子尽くし。

ふだんは鰻派の院長(名古屋は穴子より鰻)は、初めて穴子を堪能しました。

遠くに姫路城がライトアップされてとても幻想的。

気分良くなって、レジ横のお土産用焼き穴子も購入。

息子たちが帰省した時の肴に出そうっと。

 

ホテルに戻り、先ほどのお土産の穴子のパッケージの裏を何気なく見たら…

’穴子:ベトナム製…’

しかも、製造地は愛媛県の表示が…

『えっ!?名物の穴子って国産(兵庫産)じゃなかったの?』

一気に酔いがさめた院長。

私達は地場産を食べたのか?

レジ横のお土産、買わなければ考えることもなかった…

世界穴子産地問題?は、お土産でなく宿題です。

 

 

 

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2024.9.24  大家好(こんにちは)!  その4

夜遅くトルファンで待っていたのは、いわゆる中国人顔でないガイドさん。

これからウイグル族のお家で夕食です。

ここからのガイドCさんもウイグル族です。

 

新疆(しんきょう)ウイグル自治区は中国の最西端、中央アジアに隣接しています。

省・自治区でも最大の面積を持ち、地下資源が豊富、また農作物にも恵まれています。

近年は漢族(いわゆる中国人)が入植し増加(42%)していますが、元々のウイグル族が45%、他50以上の少数民族から成り立ちます。

個々の民族が自分たちの文化を持ち、融合もしなければならない時代背景あり。

 

訪問したのは、郊外の農村です。

ウイグル族はイスラム教徒なので、豚肉料理は無し。

ナンというパン(インドのとは違う、乾いたピザクラフトみたいな)。

麺やスープの味付けは、エキゾチック。

テーブルクロスやカーテンも食器もウイグル特有の模様。

さっきまで日本語(私たち向けに)と中国語(先生向けに)に話していたCさんも、家人たちとウイグル語で会話。

 

トルファンは夏は40℃以下なら涼しい(最高49℃!)そう。

農村部ではベランダにベッドが置いてあります(夜寝る)。

滞在した日は最低24℃・最高41℃日差大。

1月の平均気温は最低-13℃・最高-2℃。

年間平均降水量は16mm!

完全な砂漠気候です。

 

世界遺産の高昌古城などの見学に、砂漠の中を走っていきます。

中国の観光は、国土が広いため、市中からチケット売り場まで200キロ、そこから専用バスに乗り換え40分なんてこともあります。

 

面白かったのは、火炎山の砂卵。

注文すると、店番の子供が傍らの砂山に埋めてある卵を手渡してくれます。

砂の地熱でいい塩梅に火が通っています。

砂山に埋めた卵を売るだけですが、観光客相手に、この一家の大事な商いです。

 

バスでウルムチに入る時に、全員一度降りて検問。

最後の訪問地です。

モスク(イスラム教の礼拝堂)があちこちに見えます。

もちろん漢字とウイグル文字(アラビア文字ではない)の併記。

 

ウイグル族はイスラム教徒です。

敦煌でのバス運転手さんは、中国人でしたがイスラム教信者の回(かい)族でした。

また、民族により多数の宗教があり、大陸の交流・侵攻により宗教も文化も大きく流動する様を感じました。

ウルムチは近代的なビルが立ち並び地下鉄もある350万人都市。

街の中心のバザールでは、どこの国に来たのかと思うほど。

ドライフルーツや漢方・パン(ナン)・果物や日用品・洋服などなど。

人を観察すると、カザフやキルギス系・モンゴル系・インド系・トルコ系・ロシア系と思われる顔立ちの面々。

民族衣装を着た人もたくさんいます。

 

 

日本の単民族国家で生活してきた院長にとっては、とても新鮮な驚きでした。

同じ仲間とは自分たちの言葉で。

私たちや中国人とは中国語で話します。

私『いくらですか?』

『○○元(数字の聞き取りが弱いことを猛省)』

すかさずお助け隊が入ってくれます(先輩たちも会話したい)。

私『高すぎる、安くして』(とりあえず言ってみる)

『○○(数字が出ると、まだすぐに日本語変換できない)』

お助け隊で解決しない時はA先生がヘルプです。

 

たくさんの刺激を受けた研修旅行。

いくつになっても興奮!わくわく!

話しかける度胸はあっても、お助け隊のお世話になること多々。

話して…?、聞いて…?だらけでしたが、たくさん課題も見えてきました。

もっと出来るようになりたい!

加油(頑張れ)!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024.9.10  大家家(こんにちは)!  その3

敦煌最終日は、中国3大夜市の敦煌夜市に行きました。

日没は8時半くらいなので、人々は昼間休憩してから、また活動を始めます。

深夜を過ぎても賑わっています。

色々珍しいものがあり、ついふらふらと店に寄って行ってしまいます。

焼いた羊の頭・駱駝(ラクダ)の乳などなど。

『水晶眼鏡』も気になりました。

水晶のサングラスです。

この眼鏡だと猛暑でも涼しいとのこと。

すごく気になったのですが、『チャングウチャン、行くよ~』

先輩方は、あまり立ち止まりません。

こども(院長)が気になるとあちこち行ってしまうのを抑えてくれています。

謝謝。

 

旅行中、昼食・夕食はすべて中国料理のコースでした。

円卓を囲んで座ります。

ビールは冷えていましたが(ガイドさんの気配り)、コップは冷えていません。

お代わりの瓶ビールはぬるめです。

中国人は、冷たいもの(キンキン)を好まないそうです。

電解水や水・ジュースは冷えたものがありますが、常温~温かいお茶が好みのよう。

 

前菜・湯(スープ)・主菜何品か・主食・点心(デザート)

スープは具沢山です。

鶏肉・豚肉・牛肉・羊肉の炒め・煮込みなど…多種多彩。

魚は、川魚(30センチ以上)の活魚の蒸し焼き料理が出ました。

青菜だけでも2・3種類味を変えて出てきます。

主食は、米飯・麺(麺は色々な味付け)

デザートは、ほぼ西瓜と瓜。

時々、白きくらげのシロップ漬け。

A先生の大好物なので講釈(店による違い)も。

日本の中華料理よりもあっさりしているものが多く、肉魚に加え野菜も多く、医食同源を実感します。

ちっとも飽きない、日本にはないけれど馴染みやすいお料理ばかりでした。

 

食事の際は、原則、A先生は中国語で話します。

まずは中国語での自己紹介から。

『初めまして。私は長谷川公です。昨年から中国語の勉強を始めました。先生と勉強するのが楽しいです。でも、まだ上手く話せません。

趣味は、旅行と読書と筋トレです。よろしくお願いします』

 

名前紹介時『こういう漢字の○○です』を付けると良いらしい。

先輩たちは、もっと自己紹介が長いので、何回かに分けることになりました。

 

先生の中国語は、現地の中国人よりは分かり易い(分かり易く話してくれる)けれど、院長の能力では限界があります。

みんなの会話は聞こえるのに付いていけません。

大人の食事会に子供が付いて行ったよう。

食後『さっき、何の話でした?』と度々聞く羽目の院長。

最年少=中国語能力最低を再度自覚(やれやれ)。

 

中国では、入国から始まり、観光場所・鉄道・高速道路の検問所などなど毎回パスポートの提示が求められました。

個人への監視・管理は徹底しているよう。

悪いことはしてなくても緊張します。

 

トルファンへは鉄道で。

この検問がまた厳しくて、空港の保安検査場以上。

余裕をもって駅に入ります。

何もすることがない待合室。

しかも列車は1時間に1本。

することがないので、一人で便利店(コンビニ・キオスク)で、細々とした煮卵やソーセージ・お菓子を買いました。

中国は、駅や列車・空港などに給湯所があります。

硬水なので、多くはマイ水筒を持参(茶葉を入れて)。

 

約4時間かけてトルファン駅に着いたのは夜10時前。

駅を出た途端、何かが違います。

 

看板の文字が漢字だけでない!

空港では、英語表記があり、対比すると理解できました。

ここではアラビア文字らしき横文字が…

 

中国のアナザーワールドの旅が始まります。

 

 

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2024.9.3 大家好(こんにちは)!その2

敦煌はかつてシルクロードの分岐点として栄えたオアシス都市です。

敦煌と言えば、日本では1988年に公開された映画『敦煌』(井上靖原作)で火が付き、当時多くの日本人が訪れたそうです。

院長は見ないまま終わってしまっていました。

 

世界遺産の莫高窟(ばっこうくつ)はとても有名。

その他、月牙泉や鳴沙山、玉門関・陽関遺跡など。

敦煌博物館も。

数日に分けて現地ガイドのBさんに説明を受けました。

莫高窟では、さらに専門の研究員のガイドさんから説明。

2人とも日本語がとても流暢で、しかも歴史にも造形物にも詳しい。

そしてどんな質問にも日本語で答えてくれます。

 

16万人の都市なのに、観光客は1日20,000人!

ほとんど中国人です。

日本人の人気観光地ブームは去ったようです。

(以後も旅程中、日本人に遭遇せず。)

 

遺跡・遺産にすごい!しか言えない浅学の院長。

(メモは取ったけど)

 

敦煌での一番は駱駝(ラクダ)に乗ったこと(子供みたい)!

砂漠の山、鳴沙山には、飼い馴らした駱駝が3,000頭程。

その多さにびっくり!

みんなおとなしく座っています(ずっと同じ姿勢)。

落馬ならぬ落駱駝事故が頭をよぎりましたが、年長さんメンバー全員騎乗と言うことで、それなら最年少院長はまず大丈夫と確信。

アジアはフタコブ駱駝なので、コブとコブの間に乗ります。

立つときはまず前足から。

一瞬後ろにのけぞります(駱駝がしゃがむときは、前足からなので前のめりになります)。

ここで落駱駝しなければ大丈夫、駱駝はゆっくり優しく歩いてくれます。

駱駝引きが5頭を携えて、砂山を歩いてくれます。

遠い昔の人は、こうして(たくさん荷物も持って)シルクロードを行き来したのだな~

月の砂漠を~♪どころか想像を絶する過酷な旅だったはず。

途中で止まって写真撮影。

『ポーズを付けて!』とか言って、個々の写真を撮ってくれます。

終わるとチップを請求されます。

どの観光地でも、中国人は老若男女、写真撮影の時は手を広げたり、飛んだり、衣装を着たり…をよく見ました。

(院長より年上のA先生も、ジャンプした写真を撮ってもらっていた)

 

今、中国人に人気のあるツアーは、砂漠を1日25キロくらい歩いてフルセットの移動キャンプに泊る2泊3日のツアー。

都会の心の乾いた中国人が、乾いた砂漠を、家族や友人・仕事仲間と歩き語り合うことで結びつきの強化や再構築が出来るオアシスセラピーも兼ねているそう。

 

砂漠の暑さは相当。

連日昼間は40度近くで紫外線も強い。

長袖長ズボン帽子にサングラス。

砂嵐のためのマスクも欠かせません。

天気予報には『砂嵐』予報もあり、砂嵐になると前方が見えません。

 

皮膚からの蒸発が多いので、尿量は減ります。

ミネラルウオーター(中国は硬水)を入れても胃から吸収されなくなってきました。

念のためにと日本から持ってきたポ〇リが有り難かったこと!

胃から吸収されていく実感があります。

 

中国でも同様のドリンクが欲しい。

ポ○リは見当たりません。

スポーツドリンクってどう言うの?

『スポーツした後の飲み物ありますか?』

 

なんだっけ…と焦り、飲料・走る&汗(ジェスチャー)をしてしまった院長。

早口で尋ねられるほどに???

お店の人は、違うものを出してきました。

焦るな、私。

助けもあり、やっとスポーツドリンクを手にしました。

『電解水』

なるほど~。

新しい単語1個覚えました。

 

 

 

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2024.8.27   大家好(こんにちは)! 

台湾から帰国後、早速中国語の先生を探し始めた院長。

2023.6.20  何しに台湾 その1    2023.6.27  何しに台湾 その2

日本在住25年の中国人A講師に巡り合いました。

A先生は大学で教鞭を取りながら、私塾も運営されています。

 

個人レッスンを快諾。

中国語学習が始まりました。

院長の教材は、第2外国語選択の大学生たちと同じテキスト。

教科書を読み、理解し、問題に答えるが基本。

テキストは毎日音読(老化予防になる)し、課題も先生に確認してもらいます。

この発音は良い、これはいけない…と指摘され、『再度再度…』の繰り返し。

なんで私、中国語始めちゃった?と自問することも。

 

それでも、『大学生より頑張っています』と褒められ、『毎日中国語』の日々。

自分の教養時代を省みても、授業は単位を取るだけのものだった(今、非常に反省)から、その頃よりは相当真面目です。

ただ加齢ゆえ、記憶力の顕著な低下を実感。

丸暗記が出来なくなっています(意味づけがないと覚えられない)。

毎日何ページもの英単語のテストをクリアできた高校生の頃の自分が羨ましい…

 

最近は、診察での言葉かけを中国語でも出来るように…と、原稿?を院長が作り、先生が中国語版にし、付いて読む練習も。

『ここに顎を載せてください』

『眼圧を測ります』

『眼底(眼の奥)を見ます』などなど。

日本語バージョンはお手の物ですが、A先生には初めての医学用語(日中とも)。

眼圧=目の硬さと言うと、『目は柔らかいのに硬いことがあるのか?』と驚かれ、一般人の感覚を新鮮に感じることも。

院長は目の模型で説明(日本語オンリーでしか無理です)。

今度は先生わくわく『初めて知りましたね』

 

指導は厳しいですが、経歴も生き方も非常にリスペクト出来る先生。

先生の期待に応えるべく頑張って勉強する毎日。

 

ある日のレッスン後、『語学研修に中国行きませんか?』のお誘いが。

私塾の生徒有志と共に、毎年中国へ研修旅行に行っていたそう。

今回は、新型コロナ以降初の催行。

通常のクリニックのお盆休みを越えてる…

『仕事があるから無理です』

と断ったものの…(前回に理由は明記 2024.8.6   YaYa(あの夏の日を忘れない))、

チャンスは今!ということで、研修旅行に参加することに。

 

当日空港に集合してびっくり。

院長最年少です。

残り8人は前期高齢者の面々。

しかし、中国語学習歴は10年以上に及び、仕事で中国に行った・大学で中国語を専攻した…など強者ぞろい。

院長最年少にして、中国語力も最低です。

 

参加者の多くは顔見知りで『ガオダオ』とか『シャンティアン』とか呼び合っています。

何?ニックネーム?

『長谷川さんはチャングゥチュアンだね』

みなさん、お互い中国語読みで呼び合っていたのでした。

高島・山田…なるほど。

 

今回の行き先は、敦煌・トルファン・ウルムチ。

過去最遠、みんなのリクエストで企画。

いきなりのシルクロード!

 

中国ビザは非常に厳しく、ほぼ丸裸にされた気分。

上海から入国です。

指紋押取(初めて!)必要で、入国検査も厳しく、生徒(日本人)のスーツケースは既に出揃っていました。

やれやれ。

さらにバスで約1時間移動し、国内線空港から敦煌に到着したのは深夜。

 

翌朝のホテルの朝食。

早速色々試してみます。

教科書で習った各地の朝食を思い出し…

豆乳に揚げパン(北方)

ワンタン(南方)

お粥・焼売・蒸餃子など(広州)

他にも多種多彩のお料理が。

 

表記と料理の内容とを比べながら、『へ~』の連発。

 

『チャングゥチュアン、集合時間だよ』

以後、先輩方に引っ張られ、助けられの旅が始まります。

 

 

 

 

 

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2024.8.6   YaYa(あの夏の日を忘れない)

『子供が生まれてから毎日大変なんです』某メーカー営業さん(男性)。

『何か月?』

『4か月です』

『そうね~…』と言ったものの、院長は次男生後4ヵ月半の時点で開業です。

 

やれるか?というよりやるしかない!の選択肢のみ。

次男だけでなく長男も2歳になる前。

以来、自身の医師として、母としてのどちらも中途半端に悩まされながらも、目の前のことだけをこつこつやってきたつもりです。

 

お陰様で8月1日に開院27周年を迎えました。

当日、レモンイエローのワンピースを着て(今なら赤を選択しますが)、二人の子供と近くの神社にお参りしたことが思い出されます。

 

終活?で当時の日記(今は付けていない)を見つけました。

当日の日記には、開院状況の他、最後に『A(長男)ちゃん、B(次男)ちゃんごめん』の文字が。

実際、開業以来、仕事がメインになり、子供の行事も診療日と重なれば行くことはありませんでした。

 

まだ医学部女子が少ない頃に医師になったからには、『だから女医は…』と言われたくない一心。

小さなプライドです。

まだ実力不十分若輩眼科医の診療を慕って下さる患者さんへの思いもありました。

三男出産前日まで通常に診療し、出産後1週間で通常診療に戻ったのもそのためです。

勤務医時代は、産休は法律で付与されていましたが、開業(自営)となると別。

気力体力で乗り越えられた心身の丈夫さに感謝です。

 

息子たちにステレオタイプの母親(院長が憧れていた)らしくしてやれなかったことは、ずっと心に引っ掛かっていました。

もう成人になった酒席で、そのことを問い申し訳なく思う心情を吐露。

しかし、息子たちは

『全然。行事には来なくても、学校健診に(学校医として)来てくれたことの方が嬉しかった』

『仕事している母親が普通だと思っていたから』

母(院長)拍子抜け。

それらの言葉に、酔いが回ったのは言うまでもありません。

 

社会人になった息子たちと、世の中や仕事などの話題でお酒が飲めるのは有り難いことです(必ず飲み過ぎます)。

 

あの夏の日を忘れることは出来ません。

子どもたちの誕生日の次に、大切な日です。

初心を忘れずに。

まだまだ攻め(前進)て行くつもりです。

直近では、新しい視野計を導入することにしました。

両眼開放下で、実は片眼ずつ検査が出来ると言う画期的な視野計です。

 

8月1日はスタッフでお祝いの会を催しました。

ホテルの個室で非日常を味わって、モチベーションアップに繋がりますように。

オンオフは大切。

みんな、それぞれのプライべートもお悩みも…ここだけの話。

それがこうクリニックの流儀、準家族のようなひと昔前の繋がりです。

スタッフからは、素敵な似顔絵をもらいました。

『かなりきれいに描いてあるね~』息子評。

 

息子たち全員が社会人になり、母親業も卒業となりました。

今までだって好きなことをやってきた方ですが、時間だけはどうにもならず断念することも。

そういうわけで、今年はお盆休みをいつもより長~くすることにしました。

子供の出産のときにも休まなかったのに、今更?

自問自答して悩むことしばし。

『よくがんばりました』

『その時頑張った貯金と思って、お休みいいんじゃない?』

息子たちだけでなく、スタッフからの、患者さんからの言葉でもあります。

みんなに支えられています。

感謝。

 

今後ともよろしくお願いいたします。

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